シカゴで行われる IVAW 反 NATO 行動の一部として、NATO 首脳陣へ、軍が授与した勲章の返却が行われる。以下は、アフガン戦争からの帰還兵が、参加理由を語ったものである。
戦争から抵抗へ:
アフガニスタン帰還兵、「なぜ NATO の将軍たちにメダルを返すのか」
<北大西洋条約第5条:加盟国の少なくとも一カ国が攻撃された場合には、集団的自衛権を行使する>
NATO は1949年、欧州10カ国とアメリカ、カナダの戦略的同盟として結成された。NATO の文書によると、その目的は「北大西洋地域における民主的平和の推進、および民主主義、個人の自由、法治、という共通の価値を守ること」である。50年以上が経ち、2001年9月11日後になって、NATO がアフガニスタンにおける「テロとの闘い」を担うために、条約第5条が初めて行使された。それから11年、北大西洋地域から遠く離れた地で、テロとの闘いは続けられ、日々その醜悪さを増している。
2012年5月20日、シカゴでの NATO 首脳会議にあたり、反戦イラク帰還兵の会(IVAW)は、アフガニスタンからのメンバーに先導されて、平和的に行進を行う。9時にリンカーン・モニュメントの南にあるグランド・パークで集会を開き、その後首脳会議の会場に向って行進する。このようなかたちで、戦争の欺瞞と失敗した政策、戦争下で行われてきた人道に対する犯罪への、反対の意志をあらわそうというのである。IVAW は、すべての帰還兵、現役兵に、共に行動することを呼びかけている。
グレアム・クランプナーは2003年から2007年第75特殊任務歩兵(レンジャー)連隊に所属し、2005年から06年にかけてアフガニスタンに派遣され、「不朽の自由作戦」の一端を担った。任務は、手榴弾の投擲と車輌の運転だった。2009年、イラクに派遣されるべく再召集を受けたが、それを拒否した。現在彼は、IVAW のオーガナイザーである。
多くの兵士同様、グレアムは、高校を卒業するとすぐ、大義のための偉大な名誉ある服務に参加したい、という情熱にかられて軍に入った。
「僕は、なにか重要なことをしたかった。大切な存在になりたい、自分よりも大きななにかの一部になりたい、そう思っていたのです。9.11が契機になりました。」「自分たち西洋人が行動する仕方と、東南アジアでタリバンやアルカイダが行動する仕方との違いはなによりも大きいと思っていました。黒と白、善と悪、だと信じていたのです。アメリカがアフガンの人々を解放するというアイデアを受け入れ、これっぽっちも疑いませんでした。レンジャーになって、アフガニスタンの女性を解放し、イスラム原理主義の圧制を終わらせようと思って、そして、無知な若い白人の男であるという自分の罪深さを少しでも減らそうと思って、陸軍に志願したんです。」グレアムは言う。
以下はグレアム・クランプナーとのインタビューである。(シィリ・マージェリン)
―――なぜ NATO にメダルを返そうと思ったのですか?
NATO、アメリカ陸軍、母国アメリカの人々、これら全ての人に対して、メダルには何の意味もないということをはっきりと示したいからです。メダルが意味しているはずのことは、僕らがこのメダルを「手に入れる」ために実際にしたこととは何の関係もない。だから、そんなメダルは欲しくない、必要ないのです。メダルは欺瞞と偽りの行為によって得られたものです。「ニセモノのヒーロー物語」を支え、永続化するものなのです。
従軍経験者にとって、軍にいたときというのは、人生のピークのようなものです。これまでも忘れたことはないし、一生忘れないでしょう。自分が軍でしたことを考え直し、間違っていたと結論づけることは、軍経験者にとって、とても大きなことです。メダルを返上するのは、帰還兵として、自分たちがアフガニスタンでしたことが何だったのか、何のためだったのかをきちんと認識し、その責任をとるということをはっきりと示すことなのです。メダルを返すことで、NATO にもそうしてもらいたい、と訴えるのです。
――― NATO の戦争に対して反対するようになった経験はどんなものですか?
特殊任務歩兵としての第一の任務は、アルカイダとタリバンの指導者を捕らえるか、殺すかすることでした。午前2時に出発し、一軒家とか集合住宅とかを包囲して、ドアを蹴破り、見つけた人たちを逮捕したり、殺したりしました。たいていの場合、僕らが襲った家は「ホット」-つまり、なかにいる者は誰でも撃ってよい、とされていたところ-でした。女性でも子どもでも関係なく、その家にいるということは、すなわちテロリストを支援している者、とみなしたわけです。ですが、10回のうち9回は、そのような家で見つけた人たちはテロ支援者ではなかった、問題はそこでした。
僕たちは殺すための訓練は受けていましたが、どうやって国家を建設するかなど教えられなかった。関わりあった者を殺す、それ以外に任務を果たす方法など知らなかったんです。言葉もわからない、習慣もわからない、犯罪者とそうでない人を区別することもできなかった。殺すことしかできなかったのです。
アフガニスタンで実際に起こっていたことは、報道や、NATO やアメリカ政府が発表することとは違っていました。現実について話す代わりに僕らは嘘をつきました。公に語られていることが嘘である限り、僕らが行動を改めたり、作戦を変えたりすることはできませんでした。
公の発表では、NATO 軍はアフガニスタンの女性の権利のために闘い、アフガニスタンの人々に民主主義をもたらそうとしている、ということになっていました。現実には、軍はそんなことには関心がなく、僕らは仮にそうしたいと思ったとしても、そんなことはとてもできなかった。僕らの使命は何度も何度も変わり、弁解のしようがない非人道的な行いに参加するよう命令されました。そのことから決して回復できない行い、目的のない、僕らと接した全ての人が僕らを敵だと思うようになる行いに、です。僕らが襲撃した全ての家には、僕らが行く前に「テロリスト」がいなかったとしても、僕らが行った後には、テロリストが、つまりテロに訴えることも辞さないほどアメリカを憎んでいる人が、いる、ということになっただろうと確信しています。
―――あなたはなぜ IVAW に入ったのですか?
イラクへ派遣されるという再召集令状を受け取ったのは、軍を辞めて大学に通っていたときです。2008年の帰還兵の日(ヴェテランズ・デー)でした。令状を僕に読んでみせるために、父に呼ばれました。いやな会話になりました。
その後の9ヶ月間はひどかった。ひとりぼっちで怯えていました。心的外傷後ストレス障害(PTSD)が耐えられないほどになっていました。自分が築いてきた人生や人間関係が粉々になり、自殺したいと思うようになりました。そんなときに IVAW に出会ったのです。IVAW は、僕が必要な支援を得るのを手伝ってくれ、復員兵のための治療制度を利用する手続きなどをひとつひとつ教えてくれました。最終的に、外傷性脳損傷(TBI)と PTSD の診断を受けることができ、復員軍人局からの手当てが出ることになって最悪の状態を脱することができたのです。この経験で僕はすっかり変わりました。
この過程を通して、僕は元の自分に戻る道を見つけることができました。初めて IVAW のフィールドオーガナイザーに会ったとき、彼が僕に言ったのは一言、「お帰り、ブラザー」だけでした。おかしな話ですが、それまで、そんなふうに言われたことがありませんでした。その言葉がどれほど僕の胸に響いたか、言葉では説明できません。両親も、友だちも、当時の彼女も、誰一人、戻ってきた僕をそんなふうに迎えてくれなかった。やたらに背の高い、反戦運動の組織家というよりはバスケの選手みたいに見える、彼だけが、そう言ってくれたんです。
―――反 NATO 行動に大勢の人が参加すると思いますか。
はい。だって、もう11年にもなるんですよ! 戦争そのものにも NATO の政策にも、大勢の人が反対しています。
ヨーロッパの NATO 主要国では、戦争とNATO の失政に反対して、大勢の人が行動してきました。シカゴでのこの抗議行動は、NATO の世界との関わり方を変えるための、次の一歩です。
反戦感情は高まっています。アフガニスタンで行われている残虐行為について伝えられる話は、日を追ってひどいものになっています。これまで僕たち IVAW のメンバーが訴えてきたことが信じられなかった人は、ダニー・デイヴィス中佐がどんなことを言っているか調べてみてください。デイヴィス中佐は現役の高級士官です。戦争がどれだけうまくいっているかを評価する任務の彼が、僕らの言っていることとほとんど同じことを言っています。
シカゴでは新しい法律ができ、抗議行動をするのは、全然無理ではないとしても、やりにくくなっています。今こそ、我々アメリカ人が持っている、かの有名な権利というもののために、アフガニスタンで僕のような兵隊たちがそのために戦ったはずのもののために、立ち上がらなくてはなりません。
――― NATO に対して(IVAW は)どんな要求をしているのですか?
我々の要求は、NATO 軍傘下で戦い、その結果に苦しんでいる全ての兵員に対して正当な認識を与えること、アフガニスタンの人々と社会に対して NATO がもたらした損害を賠償すること、です。
NATO は、国際的な安全保障のための支援を行う軍隊であることを自称しています。NATO が実際行っているのは、アフガニスタンに平和を確立するチャンスをつぶしていることですから、皮肉な話です。NATO 軍の兵士がアフガニスタンにいる限り、戦争が続きます。
――― NATO への抗議行動を規制するために動員される、イリノイ州兵に対しては、どんなメッセージを送りますか?
僕は従軍中、兵士としての名誉にもとるようなことはしなかった。再召集されるまでずっと、指揮官から命じられたことをきちんと遂行しました。良い兵士として、自陣営の一員としてすべきことをきちんと果たしていました。軍務とはそういうものです。軍は入隊したときの契約を破り続けたけれども、それで何かが変わったわけではなかった。でも、兵隊の側が契約違反をすれば刑務所に送られます。暴力的ともいうべき不平等な力関係です。陸軍で教えられることは、義務・名誉・祖国、です。僕は兵士として、こういった僕らにとって大切なもののために戦いました。これからも、今度は帰還兵として、同じもののために、もはや軍隊がその表れではなくなってしまった同じ価値観を守るために、戦い続けます。仲間であるあなたたちも、憲法違反であるとわかっている命令には従わないでほしいと訴えたいです。
州兵だけでなく、シカゴ警察に対しても、自らの姿と仕事を鏡に映してよく見てみるんだ、と言いたい。世界に対して、これが私ですと胸を張って示せるか?と。あなた方が立ち上がるなら、僕らはその隣で一緒に立ちます。軍に入ったのはこんなことをするためではなかった、みなさんもそうだと思います。
軍や警察に入ったのは、世界をより良いものにしたかったからでしょう。今からでも遅くない。ともに行動しましょう。
原文:
Hughes, Aaron, 2012, “FROM WAR TO RESISTANCE: AFGHANISTAN VETERAN EXPLAINS WHY HE PLANS TO RETURN HIS MEDALS TO NATO’S GENERALS,” IVAW, published on 25 April 2012, available at http://www.ivaw.org/blog/war-resistance-afghanistan-veteran-explains-why-he-plans-return-his-medals-natos-generals.
翻訳:わだともこ、編集:こぶち | 2012年6月23日